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タイの政治
タイの政治は議会制民主主義で元老院(上院)と人民代表院(下院)による二院制となっています。上院は150 議席(76名は選挙、残り74名は任命による)・任期6年、下院480議席(うち中選挙区400、比例区80)・任期4年。首相は必ず下院議員から選出すると決められています。上院には解散がなく、また法律発案権もありません。下院は首相が助言し、国王により解散が命じられます。
政治体制
2008年12月15日、それまでの第一党・国民の力党(現在は解党)に代わって第一党となった民主党から、アピシット・ウェーチャチーワ党首が第27代の首相に選出されました。ただし政権与党は6党による連立政権であり、その基盤は強固なものだとはいえません。
2009年3月からは、タクシン元首相支持派の反独裁民主戦線(UDD)が断続的に反政府デモを実施。4月には、パタヤで開催される予定だったASEAN(東南アジア諸国連合)関連首脳会議の会議場へ乱入し、会議を延期するという事態になりました。
また2010年3月下旬からは、デモ参加者が数万人規模に膨れ上がり、都心での公道占拠を開始。同年4月10日には、治安部隊は放水やガス弾を使い、民主記念塔付近にいたデモ参加者の強制排除を始めました。デモ参加者は激しく抵抗し、取材中の日本人カメラマンを含む25人の死者と800人以上の負傷者を出す惨事となったのです。その後、5月19日早朝、治安部隊はラチャプラソン交差点を中心としたデモ占領地域の強制排除を開始し、ルンピニ公園付近にいたデモ参加者のバリケードを装甲車が突破。銃撃戦も始まり、多くの死傷者が出ました。同日午後には、UDD幹部がデモ活動停止を発表し、自ら警察に出頭しました。しかし、デモ参加者の一部が証券取引所や映画館、テレビ局などを放火し、大型商業施設の「セントラルワールド」も一部が炎上。この強制排除によりデモ活動による混乱はひとまず収束しました。3月から5月末までの反政府デモ活動の死者は91人、負傷者は1400人以上。同年12月には、アピシット首相は非常事態宣言を全面的に解除し、一連の騒動は終えんを迎えました。
2011年3月末現在、アピシット首相は5月の第1週に下院を解散する考えを明らかにしています。下院総選挙は6月末から7月初めに行なわれる見通し。社会情勢は安定していますが、デモ集会は今も続けられており、根本的な解決に至るのは難しいようです。
司法制度
民事・刑事訴訟を扱う司法裁判所のほかに、憲法問題を扱う憲法裁判所、民事・刑事訴訟を扱う司法裁判所、行政訴訟を扱う行政裁判所、軍事訴訟を扱う軍事裁判所があります。司法裁判所は第一審司法裁判所、控訴司法裁判所および最高司法裁判所があり、日本と同じく三審制となっています。
行政制度
タイは首都のバンコク都のほかに75のチャンワットという国による行政区があり、これは日本における「県」にあたります。チャンワットの下部には郡、行政区、村などがあります。
タイの地方行政は、国家主導の地方行政と、地方自治体による行政の二つが混在しています。国家主導の地方行政とは、地方行政とはいえ実際は中央行政の支配下にあり、中央省庁→県→郡→行政区→村という系列になっています。県知事や郡長などの首長も、選挙で選ばれた政治家ではなく、内務省から派遣されている国家公務員です。つまり県や郡は国家の出先機関ということです。また、選挙が行なわれている自治体であっても、政府の管轄下に置かれている行政区や村も、実質的には 中央行政の支配下にあるとみなされています。
これらの県(チャンワット)はバンコク都を含め78のチャンワットとされることが多いようですが、バンコクだけ はほかの行政区とは違い、首都機能を持つ特別な自治体であり、50のケートがあります。ケートは東京都における23区のような特別行政単位です。また パタヤ特別市は行政事務の面からみると自治市町に近い存在ですが、独自のシティ・マネジャー制を採用していて、組織の面ではほかの自治体と大きく異なっています。
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